2014年8月13日水曜日

ボリビア出張編(3)介助者面接


ヌエバエスペランサ2日目です。昨日は朝から事務所付きで働く介助者を雇うための面接がありました。ドイツ人のスポンサーがついたので、毎月1400ボリビアーノの最低賃金を半分ずつ払って、朝女性午後から男性の二人の介助者を雇う予定です。新聞に広告を出してあったので、朝9時から少しずつ人が集まりだして最終的には15人ほどの人がやってきました。

8時半くらいから打ち合わせをしてから9時に面接始めるのでぼくは9時に来ればいいということだったのですが、9時を少し回ったくらいに行くとヌエバエスペランサのメンバーは誰もおらず。中庭でプリマが髪の毛を洗ってるし、フェリーサはまだ上で支度中らしい。面接にはすでにもう2人くらい着いているし、あれ?これおれが対応するの?って一瞬思ったのですが、まあそりゃそうでしょう(笑、とりあえず、どうしてここでこんなことしているかを説明しとこうと思って、急遽Macを出してまっちゃんが作った中南米ビデオスペイン語版を見てもらいながら解説。そのうちフェリーサもやってきたので何とか急場はしのげました。


面接はまずフェリーサがパワーポイントを見せながら、自立生活、介助者とはなどを説明して、具体的な仕事の仕方を話しました。途中からアルミンダとシルビアも到着したので、具体的なことはシルビアが説明。面接はアルミンダとシルビアがやりました。

昨日の話では、このまま午後から採用者を決めて研修して明日から働いてもらうということだったのですが、このあたりがまあボリビアなんでしょうか、CONAPEDIというコスタリカでいうコンセホに当たる役所が研修をやって招待状が来てるがどうしようかとみんなで急遽話し合い。今から行くと昼飯が食えるというので、みんなで行くことになりました。

タクシーを待つ。何気ないこんなのが楽しい。


























昼飯だけ食ってアルミンダは大学へ行くというので、ぼくが送っていくことに。昨日はクラウディアの学校だったし、人手の足りなさはよく分かりました。みんな袋に残りを晩飯ように取って置いたり、ちょっと貧乏さは半端じゃないです。アルミンダはおやつの時間にまた来るって言ってました。冗談ですけどね。


会議終了後クラウディアとプリマが丘の上にある修道院にスークレの夜景を見に連れて行ってくれました。プリマはフェリーサの従姉妹(Prima)なのでプリマと呼ばれているのですが、ちゃんと名前はあるのになぜかずっとプリマって呼ばれてます。きれいだったですね夜景。

夜はみんなで広場に面したところにある店に一杯やりに。久しぶりに夜遅くまで飲んでました。めちゃくちゃ楽しかったですね。ずっと仕事の話してましたけど。


2014年8月11日月曜日

ボリビア出張編(2)ヌエバエスペランサ再訪


さて、そうして再びヌエバエスペランサにやって来ました。2月にメインストリーム協会のみんなでこの事務所に来たときは、出迎えの人で一杯だったので、こうして普段の事務所に来てみると、こんな小さかったかな?と思ったのが再訪した第一印象でした。


しかもお昼ご飯を食べた後くらいに到着すると、いたのはフェリーサだけで、クラウディアは昼食を食べに出ていて、アルミンダは朝は来ていたけど昼から大学があるとか。シルビアも学校の用事で遅くなるということでした。

しばらくして、クラウディアと3月からメンバーに加わったというフェリーサの従姉妹が帰ってきて、最近の活動の報告をスライドを交えて話してくれました。

1)3週間前に法人格が取れて、念願のフィンランドの団体Abilisから送金が今週の金曜日から始まります。5月の23日にブラジルから担当の女性が視察に来て、その時はガリとヘラルド、ラパスからリッツィも来て顔合わせがあったそうです。

2)ドイツ人の友人が資金を出してくれるので、それで事務所付きの介助者を雇うことになった。午前女性午後男性と分けて雇うつもりで、明日面接の後そのまま介助者研修をやり、明後日から働いてもらうとのことでした。













しばらくしたらコンチータと旦那のカルロスが到着。フェリーサが「まあ、びっくりしたわ」って言ってたのでそんなに毎日来てる感じではなさそうでした。


そうこうするうちにシルビア登場。この間関係ない人含めて5回くらいドアがノックされたのですが、その度に「きっとシルビアだわ」ってフェリーサが言ってたので、彼女に対するフェリーサの期待の大きさが分かるような気がしました。

着いたときがあまりに寂しい感じだったので、全国集会などイベントのときは活発に見えるけれど、普段はあんまりなのかもと思い始めていたのですが、最後は一番上の写真のように仕事に出ていたマルセロも帰って来て、この日は特に会議の日ではないのにけっこうみんなで真剣に議論していました。シルビアが来たのが4時ぐらいでそれから7時頃間でずっと話しっぱなしでした。

この日話されたのは、もっと人を集めて活発に活動するために、政府の補助金を使ってパン屋などの「生産的なプロジェクト(Proyecto productivo)」をやった方がいいというコンチータとシルビア対自立生活を求めていく路線を曲げたくはないというフェリーサとのやりとりがまずありました。「じゃ、私はどこにいたらいいのよ!」と思わず興奮して泣き出すクラウディアに、フェリーサがもらい泣きしちゃうような、あれれな展開があったりでした。

もう一つは、最近関わりができたサンドラという二分脊椎の女の子のことで、コンチータがその女の子が道で寝ているのを拾って来たみたいにして連れてきたらしいのですが、一週間くらい事務所のベッドで寝て暮らした後、またふらっといなくなってまた道で暮らしているらしいです。そのときフェリーサはラパスにいて、コンチータは連れてきただけなので、後を託されたフェリーサの従姉妹とマルセロはけっこう大変だったらしく、コンチータはちゃんと関わったら心を開いて変わるというのですが、マルセロはあいつは寝るところがほしいだけなので、放って置いたらいいと言う意見でした。
まあでも、みんなが完全に放って置くつもりはないらしく、水曜日にピアカンをやるのでそのときには誘うということで落ち着きました。

最初寂しくて少し心配になったのですが、こうやってみんなが議論しているのをみていると、ちゃんとグループのアイデンティティのようなものがあって一体感は出来ているなと感じました。ちなみにセノビオは、親の都合で今はスークレ市内にいないので、今はグループを離れています。















7時を回って外はすっかり暗くなっていました。クラウディアが学校に行くから押してっていうので、事務所から歩いて行ける学校まで一緒に行くことに。よく分からない道を右に曲がったり左に曲がったりして学校まで行く間に、あれ?おれここで何してるんだろう?って不思議な感覚になって、そうしたら急に2001年のトライのことを思い出して、あのトライがたぶんぼくがこの世界に入り込むきっかけになったのですが、あのまま車椅子を押しながらここにたどり着いたようなおかしな錯覚に陥りました。スークレ。(いのうえたけし)


2014年8月9日土曜日

ボリビア出張編(1)ラパスの新しい拠点


写真はおなじみのサンフランシスコ教会の夜景です。今年に2月にも来たばかりなのですが、今月7日からまたボリビアを再訪しています。今南半球は冬なので、やはり寒さがいつもよりきついですね。空気の薄さも容赦ないです。

さて、今回の目的ですがおおざっぱに5つくらいあります。
①前回から今回までの活動の進展を見る。
②ラパスでの活動が始まっているので、どんな人が集まっているのか実際に見てみる。
③来年予定しているポトシでの全国集会の準備がどんななのかを聞く。
④フェリーサが日本でのJICAの研修を復活させたいと強く希望しているので、話を聞いていっしょにボリビアのJICAへ行って話をしてみる。
⑤モルフォがプロジェクトを終わった後も活動していけるよう、この地域で連携していけることがあるかどうか探ってみる。

もともと、コスタリカの仕事の都合上3ヶ月以上滞在しようと思うとビザがないので一度出国しないといけなかったで、ちょっと旅行気分で行ってみようかなと軽い気持ちでフェリーサと話をしていると、上の4番目の件をかなり本気で考えているようでぜひ来てほしいということだったので、なんとなくもう引けないような感じになっちゃったのが今回の訪問の発端でした。じゃあ、どうせならスークレもポトシも行ってと上に書いたような目的を立ててみました。

昨日はこの中から、2番目のラパスで活動しているリッツィと会って、事務所を見せてもらい、ついでに彼女がやっているラジオ番組にいっしょに出演してきました。リッツィは2月スークレでやった全国集会に参加していた人で、色んな人に食いついて一番たくさん質問していた人ですね。もともとフェリーサにこの運動に誘われていたのですが、いったんは断っていたのが、全国集会に参加してみて面白そうなので考えを変えてラパスを拠点にして自立生活運動をやっていこうと決めたそうです。















事務所のあるビルはぼくらたいつも泊まるホテルから南の方にあった繁華街にありました。こちらに来たことがある人には「ケンチャン」に近いあたりと言った方がわかりやすいかも知れません。Plaza de estudianteでタクシーを降ろしてもらい、そこにある大学の向かいにある青い商業施設が入ったビルに事務所はありました。

5時の約束でぼくの方が先について待ってたのですが、まず「あれ?」と思ったのは、ビルに入るのに4段くらいの階段があるんですね。20分くらいしてから来たリッツィに、そのビルの7階にある事務所で話を聞いていると、これはやはりフェリーサには反対されていると言っていました。まあそりゃそうですね。色々理由はあるみたいで、まずラパスでバリアのない物件を探すのはそもそも難しい、ここは入ってしまえば後はエレベーターがあるし、一番いいのはトイレに車椅子のまま入れることだということでした。

この事務所は3ヶ月前ほどに借りて200ドルほどの家賃を払っているそうですが、スポンサーになる人を見つけて、その人が払ってくれているそうです。ただ使えるのは6時まででその後は、心理カウンセラーの人が来て、9時までカウンセリングに使っているということでした。

事務所と言っても、常時開けているわけでも、週に何回と決めて開けているわけでもなく、現在4人いるメンバーが集まるときだけ開けるという使い方のようでした。そのメンバーですが、リッツィの他に日本の研修に応募してくれたノルマさん、後ガロという杖をついて歩く男の人とダニエルという車椅子の男の子がいると言っていました。これからスークレ、ポトシと回って来週またポトシに帰ってくるのですが、そのときここで研修生メンバーたちと会議をすることになっています。












リッツィは月曜日から金曜日まで夕方毎日FMの番組を持っているらしく、その後事務所から歩いて行ける所にあるラジオ局まで行って一緒に出演してきました。メインストリームの放送部で2年やった経験がこんなところで生きるとは思いませんでしたね(笑


ボリビアはもちろんぼくらが支援している国の中では最も進んでいる国のひとつ何ですが、最近色々聞いていると、やはりフェリーサひとりで全体を纏めるのは限界があるのかなということです。コスタリカと比べると、コスタリカはすべての人材をモルフォに集中させるという方法を取っていますが、ボリビアは逆に分散させるという戦略でやっているので、どうしても一つ一つのセンターの層は薄くなってしまいます。簡単にどちらがいいという問題ではないですが、フェリーサがもう少し全体の人材の層を厚くしたいという気持ちが分かってきたところです。(いのうえたけし)

2014年8月4日月曜日

ケイロル・ナバス、レアル・マドリへ


上は、今朝のスペインMarca紙です。ワールドカップが終わってからずっと噂になっていたケイロル・ナバスのレアル・マドリへの移籍が決定しました。明日お披露目だそうで、家族とともにスペインに旅立っていきました。昨日からずっとこっちのスポーツニュースでやっていますが、今朝もCNN españolを見てたらやってて、経歴の中で、「コスタリカ、ペレスセレドン出身」っていうとなんだか盛りあがりましたね。CNNは国際放送なので、何か事件でもない限りペレスセレドンなんていう名前は出てこないですから。しかし、レアルにはカシージャスという正キーパーがいるのでこれからのポジション争いのことが各紙を賑わしています。

先日ここの球技場がケイロル・ナバススタジアムに名前が変わるのが取り消しになったという話題をみんなとしているときにふると、けっこう知らない人もいて、カルロスなんかは、「やっぱりコスタリカ人はいつもこんななんだよな〜」って自虐的になってました。やはりコスタリカ人でもそう思ったんですね。最近、なるべくコスタリカで起こっていることを知っておこうと思って、ここのナシオンという新聞のweb版を朝出勤したら目を通すようにしているんですが、さっそく役に立ちました。

コスタリカでもさすがにワールドカップの熱気も冷めてるのですけど、アーセナルのジョエル・キャンベルがずっとレンタルに出されていたのが、今シーズンはやっと出場できそうだとか、活躍した選手のその後も気になるところです。(いのうえたけし)

2014年8月2日土曜日

介助者の歴史

今日は土曜日で事務所はお休みなんですが、昼からカテリンとジルラニの誕生日会があるというので、なんとなく出てきています。

昨夜、ちょっと暇だったのでMacのMindnodeというアプリケーションを使ってこんなものを作ってみました。プロジェクトが始まって7月から本格的に介助派遣を始めたのですが、色々な事情で辞めていった人も多いので、現在男女とも第4世代の介助者が働いていることになります。水色から始まって一番新しい人たちは濃い青で表しています。わずか2年の間ですがすでに懐かしい名前ですらありますね。


さて、昨日はめずらしく日本人のお客さんがありました。パナマで活動しているJICAのボランティアの方が、コンセホのパウラさんといっしょに来所。2時間ほどモルフォの活動を見学して帰りました。ぼくは去年はこの町でたった一人の日本人だったのですが、フランクがいたのでまあまあちゃんと日本語を話していました。今年はたった一人の上に、日常的に日本語を話す人もいなくなったので、ごくたまに話す日本語に違和感があってしょうがなかったですね。

おまけ。今日の朝食です。今シーズンはブラウンのブレンダーを持ち込んでるので朝はこれでスムージーを作って朝食にしています。ポタージュもできるし、挽肉もできるようになったしめちゃくちゃ活躍しています。(いのうえたけし)




















                               

2014年8月1日金曜日

ロビイング


今日のペレスセレドンはめずらしく朝から雨でした。雨期に入っているので、ほぼ毎日雨は降るのですが、大抵昼過ぎくらいからどっと降るというパターンが多いので、朝から雨というと「あれ?」って感じになります。だいたい半袖で暮らせるくらいの気温ですが、雨が降るとぐっと気温が下がるのでちょっと気をつけないといけないときもあるんですね。だんだんとこっちで暮らす処世術みたいなのも身についてきました。


さて、今週はみんな出張に出ていたのですが、やっと帰って来ました。ウェンディだけがまだCOINDISの会議でサンホセに残っています。みんなそれぞれうまくいったようで、朝礼で報告しているときも楽しそうに話していてよかったです。とくにサンビトで全国集会のフォローに行ったジゼルは予想より多い人が集まったようで、色々手違いはあったものの実り多い出張だったようでした。


ルイスは昨日お伝えした大統領府での会議の後、ウェンディ、カルロスと合流して国会のオスカル・ロペス議員の事務所に。自立法法案のためのいわゆるロビーイングです。オスカル・ロペス議員は視覚障害者でかつては大統領候補であったこともある人です。この日の成果は来月20日に国会で25分自立法についてアピールする時間をもらったことでした。ペレスやサンホセの仲間だけでなくサンビトやグァナカステからも呼んで全国的にニーズがあることを示そうと話し合っています。
(いのうえたけし)

2014年7月31日木曜日

障害問題政策委員会


昨日は大統領府で、障害者問題政策委員会の2回目の会合がありました。
5月8日に新しい政権が発足し、大統領府と国会にそれぞれ新しい政策を推進するためのヒアリングの場が設けられています。大統領府で行われているこの会合にはルイスが先月の11日にまず第一回目の会合に出席しています。

現在の障害分野にはどんなテーマがあるかまず広く意見を募りそれぞれ作業部会に分かれてこれから議論を深めて行く予定です。昨日は新政府が掲げる「アクセスフリーな国協定」を元に10の作業分野を見直したそうです。今のところ参加しているのはルイスだけですが、他にまだ誰か参加可能ということです。

モルフォの自立生活がこれからどれだけ咬んでいくことができるかまだ不明ですが、しばらく注視していきたいと思います。
(いのうえたけし)