週が明けて月曜日です。町は完全にクリスマス休暇モードで、モルフォも先週金曜日が仕事納めで、ルイスやウェンディなど地方から出てきている人たちは週末のうちに実家に帰りました。
ぼくはまだ精算の作業が少し残っているのと、今日はICEというちょうど日本でいうとNTTのような会社がペレスセレドンにコールセンターを作るということでそこで雇う障害者を面接するために事務所を貸しています。マルセラとジャクリーン、マタと地元の人たちもそのため管理のために事務所に出てきています。写真も撮ろうかなと思ったのですが、ちょっとみんな真剣そうなのでやめておきました。
ペレスセレドンはもともと障害の種類も程度も関係なくざっと50人くらいの障害者がひとつの大きなグループを作っていました。一昨年頃からその中で比較的軽度な身体障害者が中心に就労を中心とした社会参加を要求していく団体を作る準備を始め、昨年完全に分離してしまいました。一度に50人ほどが集まると壮観だったのですが、多くの人がそちらの団体へ行ってしまったため最近は少し寂しい感じがしないわけではなかったです。
それでも、そもそもモルフォには自立生活運動という目標があり、全員がその旗の下に集まれるかと言えばそうでもなかったし、モルフォの活動に刺激を受け、ノウハウを学びながら新たな団体ができることはいいことだと思いました。そうしてその団体はちゃんと法人格も取れ労働省とも交渉したりしながら活動を始めました。
コールセンターはもともとそっちのグループが中心にやっていてそれが地元にニュースにもなっていたので、ウェンディに来週事務所来る?って訊かれこの話しを聞いたときに、「でもそれって後々ややこしいことにならない?」ってウェンディに逆に尋ねたときの彼女の悪そうな顔を見せたかったですね笑。
そりゃそうですね。団体ができる前は休みの日に来て事務所開けて会議の場所を提供したりして色々協力したのに、できたらまったく寄りつかないし、それどころかメンバーの引き抜きみたいなことまでするので、あの温厚なルイスですら怒るくらいでした。昔から関わりのあるラウラという皮膚があざのようになる障害がある女性がいるのですが、どこか役所に提出する書類を作らないといけないけれど自分ではできないのでサポートを頼んで来たことがありました。一日インタビューして書類作るのにまた一日といったけっこうな仕事で、ぼくはその前後ルイスがとても忙しいのを知っていたのもあって、それこそそのおおぜいとともに去って行った人なので、「そんなのあっちのグループの人にやってもらったらいいじゃん」って言ったら、「いやこれもぼくらがやらないといけない仕事なんだよ」って。なんて偉い人なんだろうって思いました。ラウラはその後ちょくちょくまた来てくれるようになりました。
こういう話しはなかなか報告書に入れたりするのはむつかしく、表面に出にくいことなんですが、こういうことがあるからこそ、モルフォというのは素敵な団体になっていると思うんですね。
さて、上の写真は土曜日のものです。モルフォの介助者の人たちがサッカーをやるというので、観に行って来ました。
お昼ご飯を食べ終わって、みんなと待ち合わせ市場のあたりの坂を上って民家の間の通りを進んでいくと倉庫のような建物があり、入るとコートが。こんなところにあったんだという場所でした。
男の子5人にカロリーナとジルラニ、それとカロリーナの妹も参加しました。ジルラニ以外はちゃんとみんなサッカーシューズを持っているのがまずすごいなーと思いました。男女混合のチームで始まったのですが、みんな久しぶりのようだったしこのメンバーでやるの少なくとも初めてだったのですが、なんかすごく上手なのにびっくりしました。
ちゃんとうまい人が自分で持っていけそうだったら走るし、無理だったらちゃんと左右に振って誰かがアシストしてゴールまで持っていくようなどのシュートもちゃんと形になっているのがすごかったですね。
よく日本のサッカーが語られるときに文化的な土壌みたいなことが言われたりしますけど、これはやっぱり違うような〜ってあらためて思いました。この日は何人来るかもはっきりしてなくて途中でカロリーナの妹がリタイアしたりアクシデントがあったのですが、その都度あるもので何とかやってしまうのが素晴らしいなと思いました。こないだのコロンビアの介助者研修のときでも、2日目ファニーが来るのが遅れたとき、ぼくのような日本人はどうしても最初に立てた計画どおりにできるだけ戻そうとするんですけど、彼らは臨機応変に起こった状況に対応しながらなんとなく形にするのでちょっと感心して見ていました。やはりサッカーにも共通するそういうラテンの国民性を感じた週末でした。
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